不登校はなぜ原因がわからないのか  〜ポリヴェーガル理論の登場〜

『変えよう! 日本の学校システム――教育に競争はいらない』の著者・古山明男さんから、大変嬉しいことにご寄稿をいただきました。「甘えだ、わがままだ」と見なされがちな不登校を、神経生理学の「ポリヴェーガル理論」から読み解きます。

古山教育研究所 代表 古山明男さん

不登校の子どもに関わったことのある人たちなら、その子が学校に行かなくなった原因が、なかなかわからないことを経験していると思います。

私は小さな私塾とフリースクールを運営していました。不登校の相談も受けていました。たくさんの子どもたちに出会ううちに、私は、保護者の方たちにこう言うようになりました。

「不登校の原因は、解決した頃になってわかります」

不登校になるとき、子どもたちは、朝起きられなくなったり、腹痛がしたり、学校の門の前まで来て足がすくんでしまったりします。でも、「どうして?」と尋ねても、はっきりした答えが返ってこないのです。

この状態が長く続きます。やがて、趣味が充実したり、フリースクールに定着したり、学校に行くようになったりした頃になって、本人がポロリと言うのです。「実は、いじめられていた」

それでやっと、「なるほど、学校に行けなかったのも当然だ」とわかるのです。

わけのわからない現象なのですが、私はただ「そういうものなのだ」と割り切っていました。それが現実的な対処法でした。本人に聞きただしても、本人を苦しめるだけなのです。親御さんたちにも「わからないままで、大丈夫ですよ。必ず抜けますよ」と言っていました。

ポリヴェーガル理論とは

ところが、最近になって、「ああ、そういうことなのか、これで説明がつく」という理論に出会いました。神経生理学の分野から現れた「ポリヴェーガル理論」というものです。

爬虫類以上の動物には、危険に出会って追い詰められたときに、仮死状態になってしまう仕組みがあります。それによって、最悪の苦痛を避けているのです。動物は、捕食者に出会うとまず逃げます。逃げることができないと「窮鼠猫を噛み」ます。ところが、逃げるもならず闘うもならずという状態にまで追い込まれると、仮死状態になってしまいます。

この仮死状態を引き起こす自律神経が存在している、ということが1990年代に発見されました。この自律神経のスイッチが入ると、生命活動のシャットダウンが起き、脈拍が低下し、血圧が落ちます。人間があまりのショックに出会うと気絶してしまうのは、このためです。

動物は、いつでも、自分が安全かどうかの情報を周囲から受け取り、判断をしています。そして、危険があれば自動的に反応するシステムがあります。人間の場合は大脳が発達しているので、その行動は複雑です。しかし、身の安全に関しては大脳任せではありません。人間の自律神経は、自分が安全であるかどうかを、いつも感じ取っています。あまりの状況になると自動反応します。そのような自律神経の働きは、人間の通常の意識には上がって来ません。

自律神経のブレーカーが落ちる

不登校の子どもたちは、どうしてそうなったのか、本人にもわかりません。それは、自律神経によるシャットダウンなのだ、と理解すると納得がいきます。自律神経のすることは、意識に上がらないのです。

学校は、その地域に住んでいるということだけで集めた子どもたちに、一斉授業を強制しています。その中で、うまく自分を発揮できる子どもたちもいます。

しかし、怖い、辛い、無意味だと感じている子どもたちもいます。そういう子どもたちは、逃げようとすればたちまち先生に捕まってひどく叱られるでしょう。先生に噛みついたりすれば、病院送りになるでしょう。まさに「逃げるもならず、闘うもならず」という状況なのです。その状況を我慢しているうちに、ついに「もう限界」と、自律神経のブレーカーが落ちてしまったのです。子どもが不登校になったとき、周囲の大人にとっては何かの始まりですが、本人にとっては「万策尽きた」という状態です。

(画像はイメージ)

自律神経のブレーカーが落ちると、現実感覚がおぼろげになり、人と交流するのが困難になります。人が何を言っているのかよくわからなくなります。考えもまとまらなくなります。身体はいつも重く、なにかしようと思っても気力が湧きません。

本人を守るのが周囲の仕事

この自律神経によるシャットダウンは、最後の緊急手段であり、一度スイッチが入ると簡単には戻らないことが知られています。回復には、短くて数か月かかりますし、多くの場合は年単位の時間が必要です。

ですから不登校の子どもたちに、こうすればいっぺんに良くなる、という方策はありません。しかし、有効な策はあります。安心できる場所を確保し、暖かい人間関係で包み込み、本人が楽しいと感じることができるようにすると、徐々にですが必ず回復します。その間、勉強圧力、学校復帰圧力、将来への不安などから本人を守ってやるのが、周囲の人間の仕事です。

子どもが追い詰められている

文科省の調査によれば、不登校の原因で圧倒的に多いのは、「不安、無気力」です。
たしかに、自律神経のブレーカーが落ちてしまった子どもは、外から観察すれば、「不安、無気力」なのです。しかし、ポリヴェーガル理論を知れば、それは、子どもが逃げるもならず闘うもならずという状況に追い詰められているためだとわかります。無意味な授業、ミスにうるさい教師、荒れているクラスなどの、学校状況が大きいのです。
学校に出席してさえいれば教育はうまくいっている、ということではありません。無理して学校に出席していたために、壊れてしまった子どもたちがたくさんいるのです。
ポリヴェーガル理論の登場により、不登校の原因を一方的に子どもに求めていては、不登校が解決しないことがわかるでしょう。教育方法と人間関係が抜本的に違う教育を、作り出す必要があるのです。

 

<役に立つ参考文献を2冊紹介します>

『ポリヴェーガル理論入門』 ステファン・W.ポージェス著・花丘ちぐさ訳(春秋社)

『発達障害からニューロダイバーシティへ ~ポリヴェーガル理論で解き明かす子どもの心と行動』 モナ·デラフーク著・花丘ちぐさ訳(春秋社)

 

古山明男(ふるやま あきお) 古山教育研究所 代表。私塾とフリースクールを主宰。教育制度を研究。「多様な教育を推進するためのネットワーク(おるたネット)」代表。著書『変えよう! 日本の学校システム 教育に競争はいらない』(平凡社)、『ベーシック・インカムのある暮らし』(ライフサポート社)。

不登校インタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』Vol.9

学校へ行かずにいると、将来どうなるの?
学校に行かなくてほんとうに大丈夫なの?

もちろん、そこに正解なんてありません。
世の中の多くのものごとと同じように。

でも、
いろんな例を見聞きし、知ることができれば、
不安を和らげるのに役立つのではないか。

そんな思いから
自らも息子の不登校を体験した親である
びーんずネットの二人が、不登校をテーマに
インタビュー事例集を作成しました。

不登校・ひきこもりを経験した人。
その保護者。
子どもたちに寄り添う人。
そして自分の学びを実践した人。

そんな七人七色の「雲と青空」を、
丹念に取材してまとめました。

雲を抜けた先には、
いつも青空が広がっている――。

ぜひ、ページを繰って、
あなた自身でそれを確かめてみてください。

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