インタビューしました!雲の向こうはいつも青空Vol.12 木村篤志さん

不登校インタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』。
最新号Vol.12の取材を進めています。

今回お話をうかがったのは、放課後等デイサービスの施設管理者として多様な個性、特性を持つ子どもたち支援をしている木村篤志さんです。

「将来の夢はプロ野球選手」

野球好きな父親の影響で、小学生のころからそう言っていた木村さん。
ただ、理想の自分と現実とのギャップも感じていました。

そして中学2年のとき、野球の試合でエラーをした瞬間「まさにポキッと心が折れる音がしました」と、木村さんは振り返ります。

ずっと努力を続けてきた自負もあった。野球を諦め切れない思いもあった。
ただ現実は理想とは程遠い……。

そこから学校に行くこと自体がつらくなってしまい、木村さんは冬休み明けから完全不登校になります。

はいはい、どうせ自分はだめな奴ですよ。
弱くて学校にも行けず、野球も下手くそなだめ人間。

「なんでオレを産んだんだ!」

自分を責める気持ちが、母親に向かってそんな言葉を言わせてしまうほどその時期の木村さんは荒れ狂っていました。

転機になったのは、不登校の間ずっと毎週のように訪ねてくれた担任の先生の異動を知ったことでした。
「その先生がいるなら3年生から学校へ行こうかな」と思っていた木村さんは先生の離任式の日に、久しぶりに学校に登校します。

その先生は異動した後も、木村さんを体育祭や野球大会の観戦に誘い出してくれたといいます。

「ごくごく普通に接してくれるのがラクでした」

中学3年生の前半は半分程度だった出席も、後半には毎日登校できるようになった木村さんは、高校を受験して合格。初めて手にしたラケットで、バドミントンに打ち込む高校生活を送ります。

大学時代は防災対策に関心をもち、平成30年の西日本豪雨災害の際は広島に土砂撤去のボランティアに参加。

卒業後、新卒で勤めたコンサルティング会社から転職して現在の仕事に就いた木村さんは、心理カウンセラーの勉強やご自身の経験を活かしながら、子どもたち一人ひとりに寄り添う支援を続けています。

木村さん、長時間のインタビューにご協力いただき、ありがとうございました。

『雲の向こうはいつも青空』Vol.12は今年春の完成を目指して順次、取材を続けて行きます。
どうぞお楽しみに。

金子(A)

 

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7年間の不登校から15歳で飛び込んだ社会は、思っていたよりあたたかかった

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